自分の部屋にいながら、こんなにも落ち着かないことは初めてだった。
「えーっと…ここは片付けたし、あとは…」
カーペットクリーナーとポリ袋を片手に
菊丸英二は部屋からリビングへ行ったり来たり…
そんな英二の姿を見て、姉が声をかけにやってきた。
「ちょっと英二、朝から何やってるの?
普段は言わないと片付けしないくせに…。
しかも…あれ?あのアイドルのポスターは?」
「…っ姉ちゃん!?仕事じゃなかったの!?」
「今から行くわ。それより何か怪しいなぁ~。
英二、もしかして彼女を連れて来る気なんじゃない?」
「////そ、そんなことないってー!」
「図星ね。あーあ…仕事なかったら彼女見ていくのに残念!
ま、でも今度紹介してねー」
「…っだーかーらー!そんなんじゃないってー///」
「照れない!照れない!その様子だとまだキスもまだってとこかしら。
ふふっ意外と彼女は期待してるのかもしれないわよー」
「////な、そんなっ」
「安心して。今日はみーんな出掛けてるから!
…頑張ってね!英二がリードするのよ!」
年の離れた姉がいるとこういう時に厄介だ。
既に初めて彼女を家に招く事態に落ち着かない様子の英二だったが
さらに要らぬプレッシャーをかけられ、余計にソワソワするのだった。
そして、もちろんそんなことになっているとは知らず
彼女である小坂田朋香は予定通りの時刻にインターホンを鳴らした。
扉を開ける瞬間は先ほどの緊張から
深呼吸をして心を落ち着かせた英二だったが
変わらぬ朋香の笑顔を見て、一気に緊張が解ける。
「ほいほーい♪菊丸邸へようこそー!今日は姉ちゃんたちもいないし、
じいちゃんたちも離れにいるから遠慮なくどうぞー」
「何か気を遣わせちゃったみたいで緊張するな…」
「気にしない気にしない♪ささっどうぞ」
「ありがとう。そうそう!今日暑いからさっきこれ買って来たんだ!
先輩の分も!…ジャジャーンカキ氷!」
「朋ちゃんさんきゅー!!
俺、カキ氷大好きなんだぁ!ほら、上がって上がって」
さっきまで緊張していた英二だったが、
朋香と会うといつも通りに会話ができて安心する。
離れ以外に家族は不在だったことが逆に良かったようだ。
「じゃあさっそく食べよ~!
朋ちゃん、いちごとメロンがあるけどどっちがいい?」
「うーん悩む…んじゃいちご!」
「あっ!じゃあさ、じゃあさ、あとで少し交換しよ?」
「先輩それ絶対言うと思った!私もメロンも食べたかったから嬉しい!」
出会った時から食の好みや好きなものが似ていた2人。
最初は先輩と後輩の関係だったところから、
周囲からの後押しもあり恋人同士に。
まだ付き合って数ヶ月だが、元々友達のような関係だったので
会ってもいつもこうして美味しいものを共有したり、
一緒にゲームで楽しんだり、友達の延長戦のようだった。
朋香はまだ中学1年生ということもあり
この関係に特に不満を持っていなさそうではあるが
英二は周りからの声から最近焦りを覚えていた。
「…んーおいし~!今日暑いからピッタリだね」
「先輩が前にシャリシャリした方が好きって言ってたから
シャリシャリしたカキ氷を探してきました!」
「マジ~ありがとー!…あ、もう1回こっち食べる?」
「うん!先輩あーん」
朋香がふざけて口を大きく開け“入れて入れて”と催促する。
英二もいつものノリで朋香の口元へスプーンを運んで行った時ー
姉に言われた言葉を思い出した。
『キスもまだってとこかしら』
思わず反射的に持って行きかけたスプーンを止める。
英二の頭の中を様々な思考が交差する。
自分自身はこのままの関係で満足していたし、
きっと相手もそうだと思っていただけれど、
もし姉の言うことが正しかったら?
『彼女は期待してるのかもしれないわよ』
『英二がリードするのよ!』
姉に言われた言葉が英二の頭をループする。
さすがに沈黙の間が気になった朋香は催促していた口を閉じ
不思議そうに英二を見つめた。
「英二せん…ぱい?」
そんな朋香に気付かず、英二は心の中で覚悟を決めると
勢いで朋香の肩を掴み顔を近づけ、キスをしようとする。
がー
「ちょっ先輩!…っ痛い!」
「!?」
緊張しすぎて英二は朋香の肩を力いっぱい掴んでしまっていたのだった。
英二の頭の中を今度は後悔の渦が巻く。
彼女を傷つけてしまったと…。
しばらくの間、沈黙になる2人だったが、朋香が先に口を開いた。
「…あの…英二先輩、私そんな無理にはしたくない」
「…ごめん。俺が無理矢理ー」
「違う…無理ってのは無理矢理とかじゃなくて、
気持ちに無理しているのが嫌だなって」
「えっ?」
「私、知ってるよ。先輩が焦っていたこと。
前に桃先輩たちに“遅い”って言われてたことも」
「そんな…だって桃とか不二とか…」
「もう、英二先輩は英二先輩でしょ!
それに私、別にそういうのを期待して来たわけじゃないし…」
「朋ちゃん…ホントごめん!」
「ううん。私、先輩が気遣って考えてくれてたことは嬉しいもん!
だーかーらこの続きはまたいつかね!」
「…うん、ありがと//」
「今はこうやって一緒にいるだけで幸せだもん//」
そう言って笑いかける朋香を見て、英二の心は和らいだ。
周囲の声に惑わされて人と比べてしまったことに後悔したと共に
自分たちは自分たちのペースで進めばいい。そう決意したのだった。
「さて、じゃあそろそろ帰るね!
部活で忙しくなると思うけど、また応援に行くから頑張ってね」
「ありがと!俺また休み貰えるように頑張るから!
ほいじゃ、まったね~」
途中少し変な空気にはなったものの
その後はいつも通り2人でゲームをしたり、音楽を聴いたり、
普段と変わらない関係に戻れた。
そして、朋香を門まで見送り、後ろ姿を笑顔で眺める。
その途中、歩きかけていた朋香が戻ってきたと思ったらー
「どしたの?忘れもの?」
「今日は楽しかった。ありがと」
そう言うと英二の頬に触れるか触れないかくらいの軽いキスをし、
そのまま走って帰って行ってしまった。
「……/////」
走って帰るその顔は真っ赤に染まっており、
そして英二も玄関前で赤い頬のまま硬直し続けるのだったー
ーENDー
≪あとがき≫
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
他校にハマるまでは不二朋と菊朋贔屓だったなぁ…。
当時より若干文章は整えていますが、中学生らしさを意識しました。
青春風…今の時代とは違うと思いますが(笑)
意外と恋愛には不器用な菊丸と受け身ではない朋ちゃん(*^^*)
等身大に見えていたら嬉しいです。
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